てふてふちゃん

なんか猫が寝言を言ってます

失恋した人々に捧ぐ持論

どうも、エンジニアとしてインターンでコード書き始めた結果、自分は自然言語を書いてる方が好きだということに気付いてしまった無能ちゃんです。ゆえに、文章を書きたい時は好きに書き散らすことにします。文才があれば何らかの形で生業にできたのかもしれないがあいにくなので、いくつかハッキリしてきた"やりたいことの中で特にやりたいこと"たちを結び付けた仕事はないかと大学二年生は存分に頭を巡らせたい。またいつか。

 

かねてから書きたいと思っていることを書きます。質問箱ってあるじゃないですか。私の質問箱に恋愛のこと聞いてくれる人、私は自分ではあれらの回答者として半分適役で半分真逆だと思っています。

 

適役だと思う理由について。そもそも質問箱って相手のことがわからない以上、提示できるアンサーは普遍解に絞られるんです。みんな少なからずそれをわかって投げてくるはず、ゆえに求めるのは"相手の背景や人格を深く理解した上での的確なアドバイス"より"普遍解であっても一つのアドバイス"。つまりよっぽど恋愛が得意な人は自己解決するだろうからあそこに投げてくるのは恋愛がそれほど得意でない人だと私は勝手に解釈しています。

そりゃ鍵垢で可愛い自撮りでTwitterやってる恋愛上手な東大女子に聞くより、立場としては近い者の声が聞けると思います。こんな者でも役に立つことがあるのなら今後も使ってくれると嬉しいです。

 

でも本音としては私じゃない人に聞けたらそれが望ましいだろうと思ってるよ。それは私は圧倒的に恋愛より失恋のプロだからです。ということで文字数を気にしてしまう質問箱ではないここで、失恋した人に対する自分の持論を渾々と書いていこうと思います。

 

まず失恋した時こそ、冷静に頭で日数勘定をしてカレンダーにでも丸をつけておくなり脳内に留めておくのは結構オヌヌメ。日数勘定とは以下のようなものです。

・恒常的に落ち込む期間(私は約1週間)

・気分が暗い時と前向きになる時が交互にやってくる期間(私は約1ヶ月)

・ほぼ元気だがたまに思い出す、でもほぼ快復していく期間(私は約3ヶ月)

注意点としてはアクシデントが発生した時、たとえばこの間に想定外に相手に恋人ができた時などはこのサイクルは哀れなことに当然崩れます。でも順調にいけば比較的この通りいきます。私が死んでも離したくないと思える相手に出会ってないだけだ、舐めんなという説は大いに認めます。

ですがこれまた哀れなことに、逆に言うとこの通りにしかいかない。さっさと忘れたい、元気になりたいと考えていても、複雑な機構を持つハートちゃんは言うことを聞いてくれません。彼?彼女?がしっかり事実を認め自然と快復する方向に向かうまで、悲しいことに全快はできません。

ゆえに自分のサイクルを頭に入れて、その間は「あー落ち込んできたけど予定通りなので大丈夫、あと数日の辛抱」と言った具合に自分の心の動きに身を委ねてしまうのは大いにアリなのではないでしょうか。そしてこの間は何をしても思っても「失恋から逃げてるだけだ...」なんて後ろめたく思わないで、「逃避ですが何か?」という開き直りで全く構わないと思います。逃げるは恥でもなければ役にも立ちます。

 

以下、全快までの期間にできる逃避策を徒然なるままに書き殴っていきます。

 

・第一、自分と付き合わない方が悪い

 

 

 

........。

一発目なので過激にいきました。失恋といってもいくつか種類はありますが、これは自分から告白したけど振られた場合に適用専門かも。

傲慢だって言われそうだけど、いや頭の中で思っとく分には自由では??自由が丘です。

大体「失恋した」という事実は「相手は自分と付き合ってくれるだろうと少なからず期待していた」ということを暗に仄めかしており、完全に自信が永遠のゼロの方には到底できない芸当だとも言えます。永遠のゼロって百田さんじゃないですよ。ゆえにこの人はダメだったかもしれないけど、地球上に35億も異性がいれば自分のことを好きになる人間はさすがに1人以上はいるでしょう。もしかしたら同性からも好意を寄せられる可能性だってあります。せめて青空を見ながら背筋だけは伸ばして歩こう。

 

とはいえ、例えば容姿も服も清潔感がない、何にも得意なことはない、なのに自信があると言い張るのは神様もキレるかもしれません。ということで、

 

・自分磨きをする

漠然とした言葉に逃げましたが、これは容姿でもなんでもいいと思います。「君よりいい人なんていないよ...」と心では咽び泣いても、「もっといい奴見つけっからな...!」と元気な時に息巻いてせっせと何食わぬ顔で頑張ること。この過程で相手が振り向いてくれたら万々歳だし、そんな現実はそうも転がって来なくてもずっと"可哀想な自分"に酔うくらいなら前向きな顔というお面を付けて頑張る人間の方が客観的に見てカッコイイです。"こんなに惨めなのに頑張る自分"に酔ってでもなんでもいいので建前を保持することは何より大切なことです。そしてこれは後々人間関係全般や新たな出会い、そして自信に効力を発揮していくことでしょう。

 

・好きなものを沢山見つけよう

前に自分を支える軸の話をしました。何にせよ自分を支える軸は多い方がいい。「お前なんかいなくたって幸せだ」って言える幸せなもの、その人のことを考えずに済む好きなものを沢山見つけよう。無心でオセロゲームとかやるのも結構いいですよ。あれは戦ってるうちにどんどんコンピュータのLv.が上がって「ぬぬぬAI!!!!!お前も強くなっているがしかし私も負けない!!」と燃え滾ってきます。アプリの名前は『リバーシZERO』です。

脱線しましたが何にせよ元気になった時に人生を豊かにするコンテンツとして一助となることでしょう。世の中何でも長期戦です。何かに依存することなく好きなもので溢れたあなたの方がいつか好きになってくれる人は愛し甲斐があると思います。

 

・ビジネスにしてガッポガッポ儲けよう

これは別にお金に替えようって話ではありません。いや、お金に替えてもいいんですが単に飲み会のネタにするとかのレベルでも大分気が楽になります。 私は残念ながらバカ舌なので日本酒とかは味の美味しさがわからないのでカクテルばっか飲んでるのですが、最近気心の知れた友人と飲んでいる時に酔ってなくても笑ってれば勝手に気分が上がってくるライフハックを身につけました。

もちろん共通の知人とかが飲み相手だと当人に伝わる危険性は高いので使えないことは多いですが、酒の肴にするのは結構旨いです。「人の噂をすると噂された側はくしゃみする」とかいう都市伝説だか諺ってあれ本当ですかね?せいぜい自分の良心が疼くか否かというくらいで、肴にされたところで当人には何のダメージもないのであんまり鬱になるくらいならこれからも続く友人関係に利用"させて頂く"方が当座の幸せは得られるかもしれません。

余談ですが、最近LINEマンガで「かぐや様は告白らせたい」を読んでますが、自分から告白した方が負けみたいですね。こういう時も振られた方が負けにならないように、しっかり利用できるところは利用させてもらって対等な立場を築きましょう。

 

・酔ってませんか?????

 これは酒に酔う話の続きではありません。

人間は手に入らないものこそ固執しがちです。いや、「人間」を主語に持ってくるのは非該当者から一斉にバッシング食らう可能性はありますが、あくまで傾向の話です。

それに運命の相手っているんですかね。ここら辺小説とか読んでると然もありなんという感じがしてきますが、例えば東京とニューヨークで遠距離恋愛をする話で「この人しかいないと思った」とかいう描写、ちゃんと東京とニューヨークの隅々の街区を駆け回った上の結論なのか、それともブエノスアイレスにも行ってみたらいい人はいるかもしれんし。集合団地とかもちゃんと一軒一軒訪問したんですかね。

何はともあれ手に入らなかった相手、手から零れた相手を「あんなにいい人とはもう出会えない」と結論付けるのは性急に過ぎませんか。ちょっと酔ってませんか。人生の終盤になって振り返って「確かにあんないい人とは出会えなかった」というのと、まだ20年かそこらしか生きてないのに「あんないい人とはもう出会えない...」というのでは厚みが雲泥の差です。心のどこかではそう思っていても建前としては拒絶しないことが大事です。

本当に、世の中、腐るほど、人間は、います。

 

・都合のいい相手になろう

これは最後。何でその人と付き合ったか、付き合いたかったかを考えてみよう。

A.人間性とか正直どうでもいいけど顔が好き、恋人らしいことがしたい

これなら迷うことはほぼないでしょう。世の中一般に言う都合の良い相手になれないか頼んだらいい、ダメだとしても顔がいい相手は山ほどいるのですぐ代役は見つかると思います。解散。

B.顔とかじゃなくて人間として好きだった

すっっっごいクズ発言だけど、恋愛界の頂点じゃなくて友達界で上り詰めようぜ。

最近つくづく思うのですが恋愛のどこがダメって永続性の@NASAだなと。友達ってよっぽど酷いことしない限り双方ないし片方に続ける意思があれば基本ずっと続くじゃないですか。幼馴染とかまさにそれです。なんで恋愛って破綻するんですかね?もちろん破綻する前提はおかしいけど、大学1,2年で付き合ったカップルの結婚率は一回ggってみる価値はあります。

だったら、友達だったらずっと別れないで一緒にいられる。これを卑怯だって思いますか。私は全然そうは思わない。自分の世界にいてもらった方が1mmくらいは楽しくなる人なら自分の世界から追い出すのは損です。受け身じゃなくて能動的に"よき友達"の鞘に収まること、ゲーム理論の選択肢として活用してみてはどうですか。

どうせ本当に縁のある人間ならいずれまた巡りあうと悠々と考えてる私はやっぱり運命論者なんですかね。

 

 それでもきっと誰もがこれからも不可抗力で好きな人ができたり、失恋することはあると思います。無垢な恋愛を横目に厭うこともあると思います。

大事なことは人間に過度に期待しないこと。形にならなかった恋愛を悼む暇があれば般若心経のことを考えている方がよっぽどマシです。なんでこの世の中は全員が全員好きな人と結ばれないのでしょう。それでも世界には果てしなく見るべきもの、出会うべきものはある。

とにかく自分を大切にして、自分のために相手にできる最高の復讐、即ち幸せになる方法を考えよう。いつの日かそれがどうでもよくなって自分に返ってきます。そしてその優しさを振りまける日はきっと来ます。他人から与えられるもの以上のものを与えられるいい女になれる。まさしくハッピーターンというやつ(?)

 

おしまい。なんだかんだこれ語り口調で書いてるけど私は全部自分のために書いてるんですよね。無垢でキラキラの優しさしかない人より自分なりの地獄から生還した清濁飲み込んだ優しさの塊になりたいよな。最近、表紙の猫が可愛いというだけの理由で図書館で借りた中山可穂さんのエッセイから彼女の小説にハマっています。とりあえずこのブログを読んでくれた傷ついた方々の行き場のない悲しみへの黙祷を捧げます。